頑張る私を卒業!「ありがとう」の魔法で、心が満たされる【しあわせ】の循環
こんにちは、一教です。
あなたは今、こんな風に感じていませんか?
「周りのために頑張っているのに、なんだか心が満たされない…」 「『ありがとう』って、なんだか照れくさくて言えない…」 「日々の生活に追われて、なんだか心がカサカサしている気がする…」 「本当の意味で、心豊かな生き方をしたいけれど…」
日々、仕事に家庭に、そしてご自身の様々な役割をこなし、懸命に生きていらっしゃるあなた。きっと、周りのことをよく見て、細やかな気配りができる方が多いのではないでしょうか。でも、時には「与えるばかりで、なんだか疲れてしまったな…」と、心が寂しくなってしまう瞬間もあるかもしれませんね。
今日は、そんなあなたの心を温かく満たし、本当の意味で豊かなしあわせを築くための秘訣についてお話しします。それは、私が日々の施術を通して多くのクライアントさんから教えていただいた、とても大切なことです。
「ありがとう」「おかげさま」が紡ぐ、幸せの連鎖
様々な方たちとご縁がありましたが、総じて幸せそうに、軽やかに生きている方には、ある共通点があるように感じます。それは、**「ありがとう」「おかげさま」**と、自然に言葉に出して感謝と慈悲の心を表現する方たちです。
そういう方たちは、目の前で起こる良いことを、なんだって素直に受け入れます。そして、その温かい気持ちを、ご家族や大切な人に施し、自然と幸せの循環を増やしているのです。
私が施術をしながら、そういった心温まるお話をお聴きしていると、私自身もとても幸せな気持ちになります。感謝の心は、自分だけでなく、周りの人にも温かい光を届け、幸せなエネルギーを分かち合うのだと、改めて実感する瞬間です。この温かい気持ちこそが、毎日の小さな幸せを積み重ねてくれるのです。
「与える」ことこそ、心が満たされる鍵
一般的に、「与える」というと、自分のものが減ってしまうような感覚を持つかもしれません。しかし、仏教では、その考え方は全く逆です。
**布施(ふせ)**という教えがあります。「布」は「分け隔てなく」、「施」は「ほどこす」という意味です。つまり、「分け隔てなく与える」こと。
これは、ある住職から聞いた話ですが、貧しさから抜け出せない人は、これまで他人に施しをしてこなかったからだと仏教では考えるそうです。修行僧たちが托鉢で布施をいただきに行くのは、貧しい人々に**「与えるチャンス」**を与えているのだと。「だから、『托鉢をするときは、貧しい人の家から積極的に回りなさい』と言われます」と。
この話は、私たちに大きな気づきを与えてくれますよね。経済的に苦しい人より、裕福な人を訪ねる方が、相手の負担も少ないだろうし、お布施も確実にいただけるはず。しかし、「与えるから与えられる」のが仏教の原則。一般的な損得勘定とは全く逆なのです。
貧しい人は生活に追われ、他人を思いやる余裕もなく、自分のことばかり考えてしまいがちです。だからこそ、その悪循環から抜け出せない。布施とは、そんな心に余裕を生み出し、しあわせへの道を開くための教えなのです。
布施には、お金や物の**「財施(ざいせ)」だけでなく、相手の心に安らぎを与える「法施(ほうせ)」、そして恐怖や不安を取り除き安心させる「無畏施(むいせ)」**という、大きく分けて3つの種類があります。
弘法大師の教えと「無財の七施」:お金がなくてもできる感謝の実践
「でも、人に与える余裕なんてないわ…」
もしあなたがそう感じたとしても、大丈夫です。仏教には、お金や物がなくても実践できる、身近な感謝の実践法として「無財の七施(むざいのしちせ)」という教えがあります。これは、弘法大師空海も大切にした、**「自利利他」**の精神にも通じるものです。
『雑宝蔵経』(ぞうほうぞうきょう)に説かれるこの教えは、**誰でもすぐにできる7つの「施し」**として知られています。
- 眼施(げんせ):
- 優しい眼差しで相手に接すること。相手を慈しみ、温かい気持ちで接することで、相手に安心感を与え、幸せを感じてもらえます。
- 和顔施(わげんせ):
- 笑顔で相手に接すること。笑顔は、相手を和ませ、場を明るくする力があります。あなたの笑顔が、誰かの幸せな気持ちを作り出します。
- 言辞施(ごんじせ):
- 優しい言葉をかけること。言葉は、相手の心を癒し、励ます力があります。相手を傷つけない、思いやりのある言葉を選ぶことが、お互いの幸せにつながります。
- 身施(しんせ):
- 自分の身体を使って、相手のために奉仕すること。例えば、重い荷物を持ってあげたり、困っている人を助けたりすることです。その行動が、誰かの幸せな一瞬になります。
- 心施(しんせ):
- 相手の立場に立って、心を配ること。相手の気持ちを理解しようと努め、思いやりの心を持つことが大切です。相手の心に寄り添うことが、あなた自身の幸せにも繋がります。
- 床座施(しょうざせ):
- 席を譲ること。電車やバスで、お年寄りや体の不自由な人に席を譲ることは、相手への思いやりの現れです。
- 房舎施(ぼうじゃせ):
- 困っている人や疲れている人に、自分の家や部屋を提供すること。これは、物理的な場所を提供するだけでなく、相手を休ませ、安らぎを与えることです。
「無財の七施」を行うことで、「大いなる果報を獲(え)る」と説かれています。この「果報」とは、他ならぬ、あなたがしあわせな気持ちになれるということ。世間一般の損得勘定では、与えた人よりも与えられた人の方が得をするようなイメージですが、布施は、施した人の方が幸せな気分になり、与えられた人よりも与えた人を幸せにするのです。
TakeからGiveへ:しあわせは「無理のない範囲での恩送り」の先に
あらゆるものがつながりあってこの世の中は成り立っています。人との出会いやつながりはもちろん、お互いの助け合い、支え合いの中で私たちは生きているのです。
仏教における六波羅蜜(ろくはらみつ)の行、しあわせや安らぎの境地に至る道として、その第一番目がこの布施です。布施の「布」は分け隔てなく、「施」は文字通りほどこすという意味です。施しをする人はもとより、受ける人の心も清く、布施の内容も清らかであることが大切であると説かれています。
伝教大師は、「悪事は己に向かえ、好事は他に与え、己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」と説かれました。
私たちは、つい「取ったり、もらったり」のTakeばかりに意識が向きがちですが、大切なのは、小さな行いでもいいから、恩返しやお礼をすること。そして、周りの人に喜びを与えていく無理のない範囲でのGiveの精神です。
私たち一人ひとりのささやかな行いが、周りのしあわせのためになり、その行いを通じて自分もしあわせな気持ちになります。
これは、私が日々の整体や氣功を通して感じていることでもあります。誰かの身体を整え、その方が笑顔になってくれる。その笑顔が、私自身の心と身体を深く満たしてくれるのです。
さあ、今日から、無理なく続けられる小さな一歩として、感謝の気持ちを行動で表してみませんか?それが、あなた自身の心身の健康、そして本当の意味での豊かなしあわせへと繋がる、最も確かな道だと私は信じています。



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